2022年 05月 17日
BLOODY BUT UNBOWED / Lee Miller & Others |

ガートルード・スタイン (Gertrude Stein) が名付けた「ロスト・ジェネレーション」の残党が全盛を極めていた1925年のパリの演劇技術学校で学び、アメリカに帰国後の1927年には雑誌 VOGUE の社主コンデ・ナストに路上でスカウトされ VOGUE のモデルの仕事を請け負い、同年3月号ではジョルジュ・ルパップ (George Lepape) が描いたその姿が表紙を飾った。ニューヨークでのモデルの仕事ではエドワード・スタイケン (Edward Steichen)、アーノルド・ジェンス (Arnold Genthe)、 再び渡ったパリではジョージ・ホイニンゲン=ヒューン (George Hoyningen-Huene)、そのアシスタントだったホルスト・P・ホルスト (Horst P. Horst) ら錚々たるファッション写真家の被写体となった。そしてモデルの経験から写真術を吸収し、マン・レイ (Man Ray) に弟子入り。マン・レイとは数年間一緒に暮らした。シュルレアリスムのパリでのこと。その後ニューヨークに戻り、世界恐慌の後遺症の時期でもあった1932年に写真スタジオを開設。不況下で少しづつ商業写真の仕事や VOGUE、HARPER'S BAZAAR、VANITY FAIR などの雑誌の仕事、ブロードウェイで活躍する女優など劇場関係者のポートレイト撮影の仕事を請け負った。その頃リー・ミラーが好奇心をそそられたポートレイトの被写体のひとりがジョセフ・コーネル (Joseph Cornell)。ブルックリン出身のシュルレアリストの画家ジョセフ・コーネルは、まわりでは哀れな狂人だと思われていたようだが、リー・ミラーは2週間か3週間おきにスタジオに最新作を携えてやってくるジョセフ・コーネルを激励し、ポートレイトや壊れた人形の破片を不気味に配置してガラス鐘に入れたようなオブジェを撮影している。1934年にはエジプト人実業家との結婚を機にスタジオをたたみ、エジプトでの生活、そして離婚。その後パリでのシュルレアリストの仮装舞踏会で再婚の相手となるイギリス人芸術家ローランド・ペンローズ (Roland Penrose) 出会い、ヒトラーがポーランドに侵攻した後に二人でロンドンに渡った。ロンドンではただちに VOGUE のスタジオを訪ね仕事にありつき、戦時下の配給制で発行部数の限られた VOGUE での仕事に専念するも、いつまでたっても退屈な仕事(タイアップ広告など)が続き、その反発からか二人の同胞アメリカ人と1冊の本を企画する。その本『GRIM GLORY』はアメリカの大衆に空襲下のロンドンの苦難を知らせようとするもので、リー・ミラーの後の顔となる従軍記者へのきっかけにつながる本でもあった。
NY, 1941, 109 plates, 185 x 230 x 8
戦時下、英国情報省に勤務していたアーネスティン・カーター (Ernestin Carter) が編集を手掛け、序文をCBS放送ヨーロッパ支局長エド・マロー (Edward R. Murrow), そして22枚の写真をリー・ミラーが撮影し、ロンドンで1941年にソフトカバーで刊行された『GRIM GLORY: PICTURES OF BRITAIN UNDER FIRE』。
本書はほぼ同時にニューヨークのスクリブナーズ社からタイトルだけを変更してハードカバーで刊行された『BLOODY BUT UNBOWED: PICTURES OF BRITAIN UNDER FIRE』。
「この本には、戦時下の国を写した写真が収められている。率直な写真 - 炎と爆風の試練を受けるイギリスを取材してきたわれわれにとっては、なじみの光景である。イギリス人は、古い建物の頼りにならない屋根の下、体力と精神力の限りを尽くし、命がけで戦ってきた。このささやかな本は、その戦いぶりを垣間見せるものである。一晩中恐怖と戦い、翌朝にはきちんと仕事に出かける、彼等にはそんな力があるようには見受けられる。」と書き始められたエド・マローの序文に続き、GPO Film Unit、Fax Photo、Planet News、Key Press Agency、The Times などの配信会社等から提供を受けた写真とリー・ミラーによる写真が続く。リー・ミラーの写真は破壊された教会の礼拝堂の扉から肩を寄せ合って転げだしたようなレンガの山や巨大な銀色の卵に見えなくもない落下した阻塞気球の前でポーズをとっているかのような2匹のガチョウ、がらんとした通りでタクシーをつかまえようとして左手を上げ帽子だけかぶった丸裸のマネキン、壊れたタイプライターに「レミントン沈黙」と記された写真など、シュルレアルで機知と詩情にあふれたもの。最終ページにはイギリスの岬の写真とウィンストン・チャーチルのポートレイト、そして1940年6月4日の庶民院(下院)でのウィンストン・チャーチルの言葉「コストがどうであれ、我々は自分の島を守ります。我々はビーチで戦い、着陸地で戦い、野原と通りで戦い、丘で戦います。我々は決して降伏しません。」で締めくくられている。
本の状態:ジャケットに欠け、破れ、キズ、シワ、汚れあり。本体カバーの背部分、縁部分にキズあり。前見返しに前所有者の名前(英語)、日付、そして Victory を意味する「V」の文字あり。後見返しにアルファベット "D" のスタンプあり。その他は経年変化程度。
価格:SOLD
by booksandthings
| 2022-05-17 12:00
| 写真

















