2021年 01月 08日
JAPANISCHE GEBRAUCHSGEGENSTAENDE / Younosuke Natori |
・・・・・。そんなある日、例の四人組が集まった銀座の喫茶店で、「名取さんがレイアウトマンを探している。おまえ来ないか」と土門拳にさそわれた。「ぜひ行け」と高橋も藤好も賛成した。じつはその頃、土門の洋之助への対立感情はのっぴきならないところまでいっていた。しかし、日本工房をやめて食っていく自信はなく鬱々としていた。親友の亀倉がはいれば、多少は心強いという気持ちがあったかもしれない。「日本工房なら、まあ宮仕えしてもいいな」亀倉は相変わらず大きく出た。河野鷹思と腕比べすると思うと武者震いがする。なによりも、デザイナーが雑誌づくりの中心に座を占めているという、日本には類をみない編集方針をつくりだした名取洋之助の存在が魅力的だ。土門と違って亀倉には洋之助への近親感はあっても、コンプレックスがない。<少年図案家のカメさん>時代から夢みていた<自分にふさわしい仕事>が、掴めば手にはいる距離にあるのを亀倉は感じた。
数日後、「試験をするから出てこい」という洋之助からの連絡をうけ、亀倉は呼び出し先の国際文化振興会へでかけた。階段から廊下まで厚い絨毯を敷きつめ、天井にはシャンデリアが輝いている宮殿のような振興会の受付で用件をいうと、会議室らしい広い部屋に案内された。室内はカーテンで外光を遮り、一隅に写真撮影用のライトが煌々と灯され、黒い人影が動いていた。銀縁眼鏡の、色白でふっくらした大きな体の洋之助と、脚線美できつい感じの中年の西洋人の女が、仏頂面の土門にさかんに注文をつけて写真を撮らせている。それがライプチヒの『日本日用品展』のパンフレット用の写真であることは、土門から話をきいていた。どこの家の台所にでも転がっている、笊、俎板、包丁のたぐいから漬物瓶までを、真剣な表情で撮っているのが、ちょっとおかしかった。しかし、かたわらで見物しているうちに亀倉の目も輝いてきた。普段何気なく見すごしている<普通のもの>が、じつにモダンなデザインに見えてきたからだ。<こいつはオドロキだ>と素直に感心した。
その時、不意に洋之助の声がとんできた。「きみ、パンフレットの表紙をつくれよ。紙と鉛筆はここにある。アイデア・スケッチを書いて見せてくれ。」言われて亀倉はがらにもなくドキドキしてしまった。パンフレットの表紙をデザインするのはいいが、一日か二日ぐらいは考える時間をくれるものと思っていたところへ、この場で書けといわれて、いささか慌てたのだ。しかし、すぐ度胸をすえた。
土門の写真撮影を見ていて、<まるでアブストラクトだ>と感じた。竹で編んだ笊の目のクローズアップをパターン化して表紙にしようと直感した。そのアイデアが閃くと、いつもの自信満々の亀倉に戻った。黒バックに笊の目のパターンを描き、中央に赤い四角のベタを置き、黒と白の文字タイトルを入れるアイデア・スケッチがたちまちできあがった。「こんなもんでどうです」と、洋之助に差し出すと、とたんに上機嫌な声が部屋中に響いた。「うん、これ面白いから、きみすぐやってくれ。」それからメッキーとなにやらせわしなくドイツ語で相談して、「彼女も気に入っている。表紙だけじゃなく、中味も全部きみにやってもらうよ」と決めてしまった。ほかのことはなんにもなく、いきなり責任のある仕事をまかされて、それが即ち亀倉の日本工房採用試験合格通知だった。
三日後、パンフレット全部のデザイン原稿が仕上がった時には、亀倉は交詢社ビル二階の陽当りのいい窓際の美術部のデスクに、まるで昔からずっとそこにいるような顔で、悠然と座っていた。こうして亀倉の<青春・日本工房>の幸福な日々がはじまった。
- 『わがままいっぱい名取洋之助』三神真彦 筑摩書房刊
1938, Tokyo, Unpaged, 150 x 180 x 4
支那事変=日中戦争を契機に日本の対外宣伝活動を強化するように国際文化振興会に働きかけた日本工房の名取洋之助。
その甲斐あって1938年にドイツでふたつの展覧会が開催されることとなり、日本側プロデューサーとしての仕事に携わった。
展覧会のひとつは『国際手工芸博覧会』。日本の手工芸技術の最高水準をいく、美術品並みの作品を展示する国際コンクールへの出品。そしてもうひとつは日本の庶民の生活用品を展示する<普通のもの>による民族文化を紹介する『日本日用品展覧会 JAPANISCHE GEBRAUSGEGENSTAENDE』。
本書は亀倉雄策の日本工房入社試験でもあった『日本日用品展覧会 JAPANISCHE GEBRAUSGEGENSTAENDE』の図録である。
来日以来、熱心に日本文化研究に励み、民芸的な日用品を自分の生活に積極的に取り入れて楽しんでいた名取の妻メッキーの助力を得て、<普通であることの>魅力をもった日本の日用品を蒐集、選択した400点程度の出展物を土門拳、坂本万七らが撮影、編集を名取洋之助、デザインを亀倉雄策が手掛けている。テキストはドイツ語。
本の状態:ソフトカバー。背部分にイタミあり。カバー表側に少し汚れ、シミあり、カバー後側に1か所キズあり。その他は経年変化程度。
価格:SOLD
by booksandthings
| 2021-01-08 12:00
| 写真集 日本












