2020年 11月 29日
CUBA 1959 / Burt Glinn |
- 大統領官邸のそばのホテルにチェックインはしたものの、何をすればよいのか、どこに行けばよいのか、これと言って当てはなかった。部屋についてカメラを置こうとしたときに、もう街から銃声が聞こえてきた。窓から外を見ると、人々が右往左往していて、中にはひどく旧式の変な格好の銃を抱えているひとがいたけれども、そのうちに Jour de France 誌のボブ・アンリックとドイツの雑誌の仕事をしているリー・ロックウッドの姿が見えたから、連中が街に出ているのなら、あまり気は進まないけれど、ぼくも出掛けたほうがよさそうだなと思った。みんなたいして狙いも定めずに、適当に銃を撃ち合っているみたいだった。ゼネストの最中で、食糧も手に入りにくいし、店や役所もみな閉まっている。どんどん死人が出ていたけれども、殺している相手がだれかわかっている人はいないような気がしたな。
そのころには特派員同士の情報交換が始まっていたけれども、なにしろ少人数だからちょっとメモを見せ合ったり、お互いが聞きつけてきた噂話をつき合わせて、あれこれ推測するのが関の山だ。皆の心に引っかかっていたのは、どうやってカストロを見つけるかという問題だった。まだ丘陵地帯にいるのは確かなのだか、どこなのかはだれも知らなかった。そのうちに2、3人で相談して車を借り、カストロを探しに南に出掛けてみることにした。1日半車を走らせたところで、明らかにカストロの到着を待ち受ける準備を整えた街に着いたので、ぼくらもそこで待つことにして、首尾よくお目当ての人物を見つけることができたというわけだ。カストロについて行くのがまた実に思いがけないことの連続でね。組織というものが全くないし、スケジュールを守ろうなんて気もこれっぱかしもない。カストロ本人もひどく気まぐれだしね。カストロの姿をひと目見ようと何日も首を長くして待っている街を平気ですっぽかすかと思えば、ぜんぜん訪問する予定のない街でいきなり行軍をやめて、14時間もぶっ通しで演説したりする。ぼくらはカストロとしばらくつきあうことができた。ぼくらのために時間を割いてくれたし、片言の英語で自分の考えを伝えようとしていたな。カストロがハバナに着く前のあの2、3日はひどくのんびりしたものだった。革命はああでなくちゃいけない。首都に入城した車両隊ってのが、車輪のついているものなら何でもござれ、それに1ダースばかりの民間の車、戦車が2、3台ってとこだからね。ときどきカストロがガソリン・スタンドで車を停めさせて、札束を取り出して、隊列に加わったすべての車両に燃料を奢ることもあった。写真を撮られるのを嫌がったことは1度もないし、何でもこちらの望み通りにしてくれた。ハバナには何千、何万という民衆がカストロを歓迎しようと待ち構えていた。街は悦びに満ち、だれもが興奮しきっていたな。ぼくは先回りして、ハバナに凱旋するカストロの写真を撮ろうとしたんだけど、人だかりがあんまり凄くて、靴を両方ともなくしてしまった。取材するにはもってこいの出来事だった。夢みたいな仕事だったよ。 - バート・グリン
2015, London, 191 pages, 255 x 310 x 25
1958年の大晦日、マグナムの会員であるバート・グリン (Burt Glinn) は作家ニック・ビレッジのニューヨークの住まいで開かれたパーティーに大勢の特派員仲間と参加していた。宴も盛りになった頃、キューバのバティスタが逃亡し、フィデル・カストロが2、3日中にハバナに入城予定との電話連絡を受け取った。さっそくバート・グリンは、コーネル・キャパに旅費を用立ててもらい、ニューヨークからマイアミ行きの最終便をつかまえ、翌朝2時に到着するとハバナ行き始発便の席を予約した。グリンの乗った旅客機が着陸した直後、反政府軍がガソリン入りのドラム缶を並べて滑走路を封鎖したため、ぎりぎりのところでキューバに上陸できたことになる。
本書は、そのような状況から取材がはじまったカストロのハバナ入城の様子を捉えた夢のようなドキュメンタリー。
本の状態:経年変化程度。
価格:SOLD
by booksandthings
| 2020-11-29 12:00
| 写真集
















