2020年 04月 05日
CHE GUEVARA, ERNEST HEMINGWAY MARLIN FISHING TOURNAMENT, 15 MAY 1960 / Alberto Korda |
以下、 ノルベルト・フエンテスの著書『キューバのヘミングウェイ』より。
「ヘミングウェイ・コンペティション」は、1950年に始められた。この時は、ミラマル・ヨット・クラブのチームが優勝した。翌年には、ハバナ・ビルトモアが勝った。1958年まで毎年行われ、1959年には行われなかった。1960年にはフィデル・カストロが個人優勝した。カストロとヘミングウェイが顔を合わせたのは、この時である。
1960年5月15日、日曜日。イベントの最終日である。フィデルは、ヨット、クリスタル号に乗って、コンペティションに参加した。クリスタル号は、ラ・トロピカル醸造所のオーナー、フリート・ブランコ・エレラの持ち船であった。
15人ばかりの人が乗っていた。3人のキューバ人カメラマン(カラ、アルベルト・コルダ、そしてオスバルト・サラス)、ボディガード、その他だ。カラによれば、このコンペティションのスポンサーは、ハイ・ペスキンだった。ぺスキンは、合衆国有数のカメラマンで、そのカラー写真はライフ誌の表紙にもなっている。最初から来ていた人のなかに、エルネスト・"チェ"・ゲバラもいた。手には『赤と黒』を持ち、首にコンタックス・カメラをぶらさげていた。
カラは言う。チェ・ゲバラは彼に挨拶し、カラは、ゲバラのカメラをほめた。「うん、これはわたしより革命的なんだよ」とゲバラは答えた。メキシコにいるとき、このカメラで生計を立て、銃弾を買う金をかせいだのさ、とゲバラは言った。
朝の8時ごろにフィデルが乗船し、彼らは出航した。釣りは午後四時まで続いた。チェ・ゲバラは、2、3回釣りを試みたが、どうやらこの日は読書していたい様子だった。軍用シャツを脱いだゲバラを、ペキンスが撮影しはじめた。カラはアメリカ人に文句を言った。「シャツなしのチェなんて撮るなよ。あまりにもエキゾチックな写真になっちまうよ」
チェ・ゲバラは船室にひきこもった。4時に帰港した時には、彼はすでに『赤と黒』を読み終わっていて、カラにスタンダールは実にいいねと語った。近くのピラール号にヘミングウェイがいたのだが、誰もそのことは告げなかった。チェ・ゲバラは、とどまって授賞式を見ようとしなかった。気分がすぐれなかった。喘息の発作が起こりそうだったのだ。ゲバラは去った。そんなわけで、彼は一度もヘミングウェイに会っていない。



写真家アルベルト・コルダ (Alberto Korda) によって撮影された「ヘミングウェイ・コンペティション (Hemingway Marlin Fishing Tournament)」でのチェ・ゲバラのオリジナル・プリント。
競技が始まってそれほど時間の経っていない頃のショットだろう。まだ軍用シャツも着用し、釣り糸も垂れている。しかし、釣りよりもスタンダールの『赤と黒』に熱中していることが窺える。
プリントのイメージサイズ:W315 H215
フレームのサイズ:W520 H420
プリント年:不明
状態:ゼラチン・シルバー・プリント。サイン入り。
価格:¥187,000


by booksandthings
| 2020-04-05 12:00
| プリント・ポスター

