2014年 07月 30日
パウル・クレー / 土方定一(監修) |
1931年 52歳
バウハウスとの契約を辞して、デュッセルドルフ美術アカデミーの教授となる。
1933年 54歳
ナチの迫害を受け、デュッセルドルフ美術アカデミーを追われ、スイス・ベルンに亡命する。
1934年 55歳
ウィル・グローマンが刊行した『クレー素描集』 第1巻がナチによって没収される。
1935年 56歳
ベルン美術館で大規模な回顧展が開催される。皮膚硬化症の徴候があらわれる。
1937年 58歳
ナチがとドイツ各地の美術館からクレーの作品102点を没収し、ミュンヘンで開催された「退廃美術展」に10数点展示し、その多くを国外で売却する。
1938年 59歳
ニューヨーク近代美術館で「バウハウス展」が開催され、クレーの作品も展示される。
1939年 60歳
第二次世界大戦はじまる。
1940年 61歳
チューリッヒの美術館で大規模な回顧展が開催される。6月29日心臓麻痺のため、クレー昇天する。ハウル・クレーは何度も申請したスイスの市民権は生前には得られず、ドイツ人として第二の故国スイスで死んだことになる。


















パウル・クレー / 土方定一(監修)
1970, 東京, 268 pages, 275 x 303 x 46
1969年7月1日から27日まで鎌倉県立近代美術館を皮切りに日本の6都市で開催されたパウル・クレー展の際に、図録とは別に限定1000部で刊行された作品集である。序文にクレーの一人息子でクレー財団の理事長フェリックス・クレーが文章を寄せ、土方定一が監修、造本を原弘が担当した当時26,000円で販売された大著。児童画風の様式を発展、洗練させたような作品191点を制作年代順に並べ、カラー図版を別刷りでページに貼りつけ、丁寧にレイアウトされた1冊。
本の状態: スリップケースがほんの少し変色。その他は本体含め経年変化程度で概ね良好。
価格: SOLD
バウハウスとの契約を辞して、デュッセルドルフ美術アカデミーの教授となる。
1933年 54歳
ナチの迫害を受け、デュッセルドルフ美術アカデミーを追われ、スイス・ベルンに亡命する。
1934年 55歳
ウィル・グローマンが刊行した『クレー素描集』 第1巻がナチによって没収される。
1935年 56歳
ベルン美術館で大規模な回顧展が開催される。皮膚硬化症の徴候があらわれる。
1937年 58歳
ナチがとドイツ各地の美術館からクレーの作品102点を没収し、ミュンヘンで開催された「退廃美術展」に10数点展示し、その多くを国外で売却する。
1938年 59歳
ニューヨーク近代美術館で「バウハウス展」が開催され、クレーの作品も展示される。
1939年 60歳
第二次世界大戦はじまる。
1940年 61歳
チューリッヒの美術館で大規模な回顧展が開催される。6月29日心臓麻痺のため、クレー昇天する。ハウル・クレーは何度も申請したスイスの市民権は生前には得られず、ドイツ人として第二の故国スイスで死んだことになる。


















パウル・クレー / 土方定一(監修)
1970, 東京, 268 pages, 275 x 303 x 46
1969年7月1日から27日まで鎌倉県立近代美術館を皮切りに日本の6都市で開催されたパウル・クレー展の際に、図録とは別に限定1000部で刊行された作品集である。序文にクレーの一人息子でクレー財団の理事長フェリックス・クレーが文章を寄せ、土方定一が監修、造本を原弘が担当した当時26,000円で販売された大著。児童画風の様式を発展、洗練させたような作品191点を制作年代順に並べ、カラー図版を別刷りでページに貼りつけ、丁寧にレイアウトされた1冊。
本の状態: スリップケースがほんの少し変色。その他は本体含め経年変化程度で概ね良好。
価格: SOLD
by booksandthings
| 2014-07-30 12:00
| アート

