2019年 02月 22日
LES SCULPTURES DE PICASSO / Daniel Henry Kahnweiler, Brassai (Photos) |

ピカソ 「きみはぼくの彫像の写真を撮りたいと思ったかね?ぼくはきみがそうしてくれると大変うれしいのだ・・・」
1943年9月末
今朝、私は第一の彫像「死者の頭」に挑む。強くこちらを捉える作品だ。肉の落ち、顔をしかめた、作品というよりも、むしろうつろな眼窩に、欠けた鼻に、磨滅した唇に化石したモニュメンタルな頭だ。年月をかけてころがされたために、磨かれ、ひびの入った、くぼみの刻まれた一塊のさまよう石だといったほうがいいだろう。ピカソの作品として、この一本石の記念石を戦争が浮かび上がらせたのか?私はこの石を、まわし、またまわしして、何枚かの写真を撮る。ピカソは私につきそって仕事をするのを見続ける。私の「方法」が彼の好奇心をそそる。私はめったに焦点レンズのなかを見ない。私は紐で距離をはかり、ときおりマグネシウムで照明を焚く。その爆発がピカソをびくつかせ、面白がらせる。彼は私に「テロリスト」と命名し、それ以後、私を呼ぶのにこの綽名を採用する。- ブラッサイ
第二次世界大戦の戦時下、ドイツ軍に写真を撮ること、発表することを禁じられていた写真家ブラッサイ (Brassai)。同じく、作品を陳列することも発表することも許されず、作品集も発禁されていたピカソ (Picasso)。そのような時期にあって、出版の当てもなく、しかし彫刻作品すべての撮影を行うことにしたブラッサイとピカソだった。
















1949, Paris, 216 plates, 250 x 320 x 16
ブラッサイがパリのグラン・ゾーギュスタン街のピカソのアトリエで彫刻に魅了され、“彫刻を撮る” 仕事を終えたのは撮り始めてから3年後の1946年。本書はそれからまた3年を経て1949年に刊行された作品集である。
“オブジェ” でなく、ピカソが全て “彫刻” と呼ぶ数多くの素材と制作方法による作品216点が、写真は他のどんな芸術よりも彫刻に近いとの持論をもったブラッサイによって、荘厳な不動性を付与した見事な写真となってピカソの彫刻の数々が定着させられている。
テキストはピカソの長年のビジネス・パートナーだった画商カーンワイラー (Daniel Henry Kahnweiler) 。
本の状態:ピクトリアル・ハードカバー。カバーの角部分のひとつが破損、全体的にキズ、擦れあり。内部ページは経年変化程度。
価格:SOLD
by booksandthings
| 2019-02-22 12:00
| 写真集

