2013年 10月 16日
POHLEDNICE / Jan Noha (Poems), Adolf Hoffmeister (Illustrations) |
第九章
宏から速達の旅信が来た。普通郵便では本人の帰島のはうが先になるかもしれないので、京都の清水寺の絵葉書に、見物記念の紫色の判を捺して、速達にしてよこしたのである。母親は読まないさきから、速達なんか勿体ない、このごろの子供は金の有難味を知らない、と云って怒った。
宏の葉書には、名所旧跡のことは何も書かれず、はじめて行った映画館のことばかり書いてあった。
「京都でさいしょの晩、自由行動がゆるされたから、近くの大きな映画館へ、さつそく宗やんと勝やんと三人で行きました。とてもりっぱで、御殿のやうです。ところが椅子がとてもせまくて、固くて、腰かけると、とまり木にとまったやうで、尻は痛いし、ちつともおちつきません。しばらくすると、うしろの人が、坐れ、坐れ、といひます。坐っているのに、へんだね、と思ったら、うしろの人がわざわざ教えてくれました。それは折畳椅子で、下ろすと、椅子になるのです。三人は失敗して、頭をかきました。おろしてみたら、フワフワした、天皇様の坐るような椅子で、お母さんも一度こんな椅子に坐らせてやりたいと思ひました」
新治にこの葉書を読んでもらふと、おしまひの一句で母親は泣き出した。それから葉書を仏壇にあげて、一昨日の嵐で旅行中の宏に何のさしさはりもなかったやうに、また明後日の帰島の日まで宏の身に何事もないように、新治も一緒に祈れと強いた。しばらくして、思い出したやうに、兄は読み書きが全く下手で、弟のはうがよほど頭がいい、と悪態をついた。頭がいいといふことは、つまり、母親を気持ちよく泣かすことができるということなのである。早速宗やんの家と勝やんの家へ葉書を見せに行き、そのあとで新治と銭湯へ行くと、湯気のなかで郵便局長の奥さんに会ったので、母親は裸の膝をついて、速達をきちんと届けてくれたお礼を言った。
純愛、純潔、純情、純粋、純正、純真、純然、純白、純美、純良、・・・「純」の言葉を思わずにいられない三島由紀夫の小説 『潮騒』 のなかの、伊勢湾の歌島で生活する主人公の一人新治の弟、宏が修学旅行先から送った絵葉書を受け取った家族の描写である。











POHLEDNICE / Jan Noha (Poems), Adolf Hoffmeister (Illustrations)
1961, Praha, Unpaged, 200 x 260 x 7
チェコの詩人 Jan Noha の詩と Adolf Hoffmeister がイラストを手掛けた 『絵葉書』 とタイトルされた児童向け絵本である。ドローイングとコラージュを織り交ぜた 児童書から大人本の挿絵まで手掛ける Adolf Moffmeister のイラストレーションのスタイルの多彩な魅力には脱帽させられる。
本の状態:カバーに擦れによる多少の汚れあり。その他は経年変化程度。
価格:SOLD
宏から速達の旅信が来た。普通郵便では本人の帰島のはうが先になるかもしれないので、京都の清水寺の絵葉書に、見物記念の紫色の判を捺して、速達にしてよこしたのである。母親は読まないさきから、速達なんか勿体ない、このごろの子供は金の有難味を知らない、と云って怒った。
宏の葉書には、名所旧跡のことは何も書かれず、はじめて行った映画館のことばかり書いてあった。
「京都でさいしょの晩、自由行動がゆるされたから、近くの大きな映画館へ、さつそく宗やんと勝やんと三人で行きました。とてもりっぱで、御殿のやうです。ところが椅子がとてもせまくて、固くて、腰かけると、とまり木にとまったやうで、尻は痛いし、ちつともおちつきません。しばらくすると、うしろの人が、坐れ、坐れ、といひます。坐っているのに、へんだね、と思ったら、うしろの人がわざわざ教えてくれました。それは折畳椅子で、下ろすと、椅子になるのです。三人は失敗して、頭をかきました。おろしてみたら、フワフワした、天皇様の坐るような椅子で、お母さんも一度こんな椅子に坐らせてやりたいと思ひました」
新治にこの葉書を読んでもらふと、おしまひの一句で母親は泣き出した。それから葉書を仏壇にあげて、一昨日の嵐で旅行中の宏に何のさしさはりもなかったやうに、また明後日の帰島の日まで宏の身に何事もないように、新治も一緒に祈れと強いた。しばらくして、思い出したやうに、兄は読み書きが全く下手で、弟のはうがよほど頭がいい、と悪態をついた。頭がいいといふことは、つまり、母親を気持ちよく泣かすことができるということなのである。早速宗やんの家と勝やんの家へ葉書を見せに行き、そのあとで新治と銭湯へ行くと、湯気のなかで郵便局長の奥さんに会ったので、母親は裸の膝をついて、速達をきちんと届けてくれたお礼を言った。
純愛、純潔、純情、純粋、純正、純真、純然、純白、純美、純良、・・・「純」の言葉を思わずにいられない三島由紀夫の小説 『潮騒』 のなかの、伊勢湾の歌島で生活する主人公の一人新治の弟、宏が修学旅行先から送った絵葉書を受け取った家族の描写である。











POHLEDNICE / Jan Noha (Poems), Adolf Hoffmeister (Illustrations)
1961, Praha, Unpaged, 200 x 260 x 7
チェコの詩人 Jan Noha の詩と Adolf Hoffmeister がイラストを手掛けた 『絵葉書』 とタイトルされた児童向け絵本である。ドローイングとコラージュを織り交ぜた 児童書から大人本の挿絵まで手掛ける Adolf Moffmeister のイラストレーションのスタイルの多彩な魅力には脱帽させられる。
本の状態:カバーに擦れによる多少の汚れあり。その他は経年変化程度。
価格:SOLD
by booksandthings
| 2013-10-16 12:00
| チルドレン・ブック

