2012年 01月 22日
師岡宏次写真集 想い出の東京 / 師岡宏次 |
円タクである。
東京市内どこへ行っても1円、ゆえに円タクと呼ばれたそうである。当時、東京は15区で狭く、渋谷や新宿は郊外(市外)であり対象外であったそうだ。
円タクは小津安二郎監督作品の「大学は出たけれど(昭和4年)」にも登場する。当時帝大出の就職率が3割程度だった不況のどん底の時代の話である。今も昔も大学生の売れ行きを見れば景気が分かるという。不景気で失業率が高まり、多くの失業者が運転手になり、値下げ競争が始まった。市内1円、次いで50銭、場合によっては30銭でも乗れたという。その後、満州事変以降景気が良くなり50銭では乗れなくなった。景気が回復したのである。
今回紹介する師岡宏次の写真集『想い出の東京』には昭和5年から昭和47年に至る42年間の東京の写真が収録されている。そこには町から消えてしまったもの、目にすることが少なくなったものを見ることができる。
高速道路の通っていない日本橋、武家屋敷の門、炭の粉を丸めたタドン、露地のポンプ井戸、露地の木造平屋、露地の縁台、張り板に干された着物、瀬戸物屋、土蔵造り・土塀の家、木造3階建ての家、赤レンガ建築、白亜の近代建築、下駄の歯入れ屋、ラオ屋、金魚売り、のぞきからくり、毒消し売り、猿回し、飴屋、玄米パン屋、虚無僧、広瀬中佐の銅像、空襲で焼失する前の浅草寺の山門・本堂と五重塔、鳩の豆売り、ブロマイド屋、羽子板屋、ガサ市、牛鍋屋、一銭蒸気、子守り、蝸牛庵、佃の渡し、満州橋、水まき自動車、服部の時計塔、銀座の人待ち柳、ダンスホール、カフェー、小春新道、省線電車、・・・。
1972, 東京, 159 pages, 220 x 300 x 28
師岡宏次という写真家は以前ブログで紹介した写真集『わが庭を写す』の鈴木八郎の助手をしており、その後アルスで雑誌の編集、後に独立されたそうである。裕福な家庭に育った方であろう。当時ライカのカメラ1台で家1軒建てられ、望遠レンズを加えると長屋が建つ時代である。歴史的価値のある写真を残していただき感謝の意を表したい。それらの中に省線電車の様々な乗客を撮影した見開きのページがある。目線がレンズからそれているものばかりなのでおそらく隠し撮りかもしれない。「山手線の人々 - 国電は昔は鉄道省の経営で省線電車といった。私には2年間、毎日この電車に乗る生活があった。その頃のスナップだが当時暗い車内は技術的に写しにくかった。現在ほど混雑はなかったが、やはり“庶民の足”といわれるとおり、大衆に最も結びついた乗り物で、ひとりひとりに当時の生活の匂いがある。」と記されている。撮影された年が昭和10年とあるから1935年である。ニューヨークの地下鉄の乗客を隠し撮りしたウォーカー・エヴァンス (Walker Evans) の代表的な写真集『MANY ARE CALLED』 は1938年に撮影されたものだが、コンセプトは違えども、その数年前に日本の写真家が同様に様々な乗客を撮影していたことになる。
本の状態:写真家のサイン入り。スリップケースにヤケあり。帯破れ、ヤケあり。ジャケットのフラップ部分に折れ目あり。その他は経年変化程度。
価格:SOLD
by booksandthings
| 2012-01-22 12:00
| 写真