2020年 03月 23日
MANY ARE CALLED / Walker Evans |
マタイの福音書の1節 “招待される人は多いが選ばれる人は少ない” からタイトルが付けれられたウォーカー・エヴァンス (Walker Evans) の写真集 『MANY ARE CALLED』 は地下鉄の様々な乗客を捉えた写真集である。
ウォーカー・エヴァンスはニューヨークのレキシントン・ローカル線に乗り、コートの中に35ミリの Contax を忍ばせ隠し撮りした。地下鉄を利用する様々な階層、人種、年齢、男女が絶妙なトリミングでこの写真集に収められている。その表情は無防備であり、心ここにあらずといった風であり、宙に浮いているようでもある。
MANY ARE CALLED / Walker Evans
1966, Boston, 178 pages, 182 x 222 x 18
1938年の冬から1940年頃まで撮影が続けられたが、写真集として刊行されるのはプライバシーの問題なども絡み、ずっと後の1966年である。ウォーカー・エヴァンスの旧友であるピューリッアー賞作家 James Agee が1941年にこれらの写真の紹介文を書いていたが、写真集が刊行された時にはすでに他界していた。この写真集の巻頭には「 To James Agee (1909-1955) 」とある。
この写真集はウォーカー・エヴァンスのニューヨーク近代美術館での展覧会時に刊行された『AMERICAN PHOTOGRAPHS』や、ジェームス・エイジーとの共著 『LET US NOW PRAISE FAMOUS MEN』 に続く3大傑作のひとつである。
本の状態:ジャケットの背部分上部に小さな欠け、全体的に擦れ、シワ、キズあり。前半のテキストページから写真図版の10ページ程度まで角上部余白部分に薄く水濡れ跡あり。その他は経年変化程度。
価格:SOLD
追記
写真家A氏の常に機知と諧謔に満ちた評論の一部を以下に抜粋。
「リアリズム」とは現実のことで、これはすばらしく、感動的なことだ。私はそこにひざまずき、複写機となってしっかりとそれを複写しなければいけない。写真とは現実の複写であり、それこそ真実なのだ。・・・湯上りの新妻Yが海水パンティみたいなパンツをはいて、浅草のほおずき市で買ってきた風鈴を聞きながら赤いナショナル・ヘアドライヤー54で濡れた卑猥なちぢれ髪を乾燥しています。私は〇〇〇〇ちゃんをいじりながら、また『地下鉄の肖像たち』(MANY ARE CALLED) を見ています、ウォーカー・エヴァンスってリアリズムですね~。5年前、私は地下鉄で前にすわった人たちの顔を収集していました。これこそ現代の、人生の、凝縮であると信じこみ熱中していました。そんな時この写真集に出会い、おったまげ、歓喜し、ライバル意識を燃やしました。ところが私の生まれた1940年には、彼はすでにこれを撮影してしまっていたのです。それ以来エヴァンスを師と仰ぎ、勝手にこの『地下鉄』を私の誕生祝として大切にしています。
*A氏とはご想像のとおり荒木経惟(当時30歳)。
ウォーカー・エヴァンスはニューヨークのレキシントン・ローカル線に乗り、コートの中に35ミリの Contax を忍ばせ隠し撮りした。地下鉄を利用する様々な階層、人種、年齢、男女が絶妙なトリミングでこの写真集に収められている。その表情は無防備であり、心ここにあらずといった風であり、宙に浮いているようでもある。
MANY ARE CALLED / Walker Evans
1966, Boston, 178 pages, 182 x 222 x 18
1938年の冬から1940年頃まで撮影が続けられたが、写真集として刊行されるのはプライバシーの問題なども絡み、ずっと後の1966年である。ウォーカー・エヴァンスの旧友であるピューリッアー賞作家 James Agee が1941年にこれらの写真の紹介文を書いていたが、写真集が刊行された時にはすでに他界していた。この写真集の巻頭には「 To James Agee (1909-1955) 」とある。
この写真集はウォーカー・エヴァンスのニューヨーク近代美術館での展覧会時に刊行された『AMERICAN PHOTOGRAPHS』や、ジェームス・エイジーとの共著 『LET US NOW PRAISE FAMOUS MEN』 に続く3大傑作のひとつである。
本の状態:ジャケットの背部分上部に小さな欠け、全体的に擦れ、シワ、キズあり。前半のテキストページから写真図版の10ページ程度まで角上部余白部分に薄く水濡れ跡あり。その他は経年変化程度。
価格:SOLD
追記
写真家A氏の常に機知と諧謔に満ちた評論の一部を以下に抜粋。
「リアリズム」とは現実のことで、これはすばらしく、感動的なことだ。私はそこにひざまずき、複写機となってしっかりとそれを複写しなければいけない。写真とは現実の複写であり、それこそ真実なのだ。・・・湯上りの新妻Yが海水パンティみたいなパンツをはいて、浅草のほおずき市で買ってきた風鈴を聞きながら赤いナショナル・ヘアドライヤー54で濡れた卑猥なちぢれ髪を乾燥しています。私は〇〇〇〇ちゃんをいじりながら、また『地下鉄の肖像たち』(MANY ARE CALLED) を見ています、ウォーカー・エヴァンスってリアリズムですね~。5年前、私は地下鉄で前にすわった人たちの顔を収集していました。これこそ現代の、人生の、凝縮であると信じこみ熱中していました。そんな時この写真集に出会い、おったまげ、歓喜し、ライバル意識を燃やしました。ところが私の生まれた1940年には、彼はすでにこれを撮影してしまっていたのです。それ以来エヴァンスを師と仰ぎ、勝手にこの『地下鉄』を私の誕生祝として大切にしています。
*A氏とはご想像のとおり荒木経惟(当時30歳)。
by booksandthings
| 2020-03-23 12:00
| 写真集 作家別作品集